荘林幹太郎

昭和57年修士課程修了
農水省入省後、米国留学、OECF(現JBIC)
世界銀行、OECDで勤務 現在学習院女子大学国際文化交流学部

Q.生物・環境工学専修(農業工学科)を志望した理由は?

都会に住んでいたことで逆に農業、特に水に興味がわきました。また高校の頃から物理系が好きだったの で、農業に絡んだ水、力学が学べる農業工学科(現在の生物・環境工学専修)を志望しました。

Q.生物・環境工学専修時代の勉強の内容は?

卒論はファームポンドの容量解析、修論は土質力学でした。農業工学科は幅広い分野を対象としていたので、自然に「広い視点で見る」習慣がついていったのではないかと思います。そのことは、農水省やさまざまな機関での仕事に大変役にたったと思います。

Q.世界銀行ではどんなお仕事を?

パキスタン農業部門への融資ならびに関連する分野の政策改革を担当していました。特に、末端灌漑に関する仕事が主でした。パキスタンの農業用水システムは農家からの管理費徴収によって成立しています。用水の管理が悪く水が流れてこなければ農家は 管理費を払わず、管理費がなければ政府による用水路管理は行き届かない、という悪循環に陥っていました。相手国政府と協力しながら、広域の水利組合の育成、管理費制度の改革、水利組合への権限委譲などの政策課題の解決に奔走しました。4年間でワシントンとパキスタンの間を14回往復しました。

Q.OECD(経済開発協力機構)ではどんなお仕事を?

農業の多面的機能の存在を理由として農業保護を認めるか否か、また、どのような保護の形態が適切か、ということが世界的に議論されています。OECDでは、多面的機能と農業政策のあり方についての議論を担当し、多面的機能を理由とした農業保護政策がどのような場合に どのような形態で正当化されるかについてのレポートを仕上げました。OECD加盟国の間での農業貿易に係わる意見の対立を調整しつつ、 何とか帰国寸前にレポートの公開について全参加国の承認を取り付けることができました。苦労しただけに大変思い出に残る仕事でした。

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